2度目の0泊3日の愛知ボラセンの被災地ボランティアです。
先回は、高速道路が渋滞していて、現地到着が2時間近く遅れたので、立ち寄れなかったのだと思いますが、今回は、十八成浜に行く前に津波の被害がひどかった石巻市内の門脇小学校(昨年の紅白歌合戦で長渕剛がここで歌唱したらしい)を見ることができました。
先回も、車窓から1階部分が壊れたままの建物や、不自然な更地がある一方で、コンビニがあったり、普通に生活されているらしい家屋が見られたりと、現地でのアンバランスな風景をまのあたりにして、現地で暮らす人々の複雑な思いを感じたのですが、今回まさに車でほんの数分のところで、全く違う光景が広がる現実を見て、「被害に遭う」ということの現実を感じました。





小学校の裏側が高台になっていますが、その高台の上のお宅は津波の被害は全くなく、地震の被害も大きくなかったとのこと。先回、鮎川地区の方がおっしゃっていた「地震だけなら、たいしたことなかったんだよ。津波が全部持ってった」と言われた言葉を思い出しました。
石巻市での復興計画では、一つ道路を隔てた海岸よりの地域は、行政が買い取って公園にするという案があるとのことので、同じように被害のあった陸側の住民たちにとってはやるせない状況があったりするようです。仮設住宅で暮らす人たちも、いろんな地域から集まってきているので、もとの地域の学校に通う子どもたちもいたりして、同じ仮設住宅で暮らしていながら、小中併せると27もの学校に子どもたちが通っているという状況だということです。
門脇小学校はいずれ壊されることになるらしいです。校庭の一番道路側のところにはひまわりの種が植えられていて、本葉が1〜2枚出ていました。そのひまわりが終わったころにまた来られるかなあ。

バスで10分も行かないところでは、

先回は、高速道路が渋滞していて、現地到着が2時間近く遅れたので、立ち寄れなかったのだと思いますが、今回は、十八成浜に行く前に津波の被害がひどかった石巻市内の門脇小学校(昨年の紅白歌合戦で長渕剛がここで歌唱したらしい)を見ることができました。
先回も、車窓から1階部分が壊れたままの建物や、不自然な更地がある一方で、コンビニがあったり、普通に生活されているらしい家屋が見られたりと、現地でのアンバランスな風景をまのあたりにして、現地で暮らす人々の複雑な思いを感じたのですが、今回まさに車でほんの数分のところで、全く違う光景が広がる現実を見て、「被害に遭う」ということの現実を感じました。





小学校の裏側が高台になっていますが、その高台の上のお宅は津波の被害は全くなく、地震の被害も大きくなかったとのこと。先回、鮎川地区の方がおっしゃっていた「地震だけなら、たいしたことなかったんだよ。津波が全部持ってった」と言われた言葉を思い出しました。
石巻市での復興計画では、一つ道路を隔てた海岸よりの地域は、行政が買い取って公園にするという案があるとのことので、同じように被害のあった陸側の住民たちにとってはやるせない状況があったりするようです。仮設住宅で暮らす人たちも、いろんな地域から集まってきているので、もとの地域の学校に通う子どもたちもいたりして、同じ仮設住宅で暮らしていながら、小中併せると27もの学校に子どもたちが通っているという状況だということです。
門脇小学校はいずれ壊されることになるらしいです。校庭の一番道路側のところにはひまわりの種が植えられていて、本葉が1〜2枚出ていました。そのひまわりが終わったころにまた来られるかなあ。

バスで10分も行かないところでは、

# by kakakai | 2012-05-21 05:53 | 旅 | Trackback | Comments(0)

論楽社で本を2冊買いました。1冊はこの「ひとのあかし」です。原発のすぐそばで生活してきた人が眺めた原発の姿が書かれています。詩の内容もみごとなのですが、写真が身に染みます。

表題作の「卵の緒」ではなく、いっしょに入っている「7's blood」のほうを読んだのですが、昭和の時代であれば泥臭く描かれそうな異母弟との共同生活がものすごくあっさりとした筆致で描かれている。母の死とも向き合うのだけれど、そのあたりもさらりと通り過ぎてしまっている。そんなふうに描かないと、「死」をまともにとらえられないのかなと思ってしまう。というか、ここであげる本すべてが、とてもあっさりとしている。今時の中学生というのはここまであっさりとした生き方をしているのかと思うほどに、淡々と生きている感。だから、簡単に読めてしまったというのもあるかもしれませんが……。
かなりな長編小説だったのですが、文字を追うだけで終わってしまった。でも、そこそこ楽しめて(あるある、子どもの時のこんな経験)、そこそこシリアスな事件(兄の事故と自殺)もちりばめられていて、それなりに読めてしまうのであった。この作品のどの部分が試験問題に取り上げられているのだろうといぶかしく思ってしまうのだけれど、逆にこの程度の作品だと、簡単に主人公の心情とか読みとれてしまうのかもしれず、問題は作りやすいのかもしれない。
この本はここで取り上げた他の本と違って、どちらかというとマイナーな作品だと思います。幸子は学校に行けない中学生(最近のジュニア小説には不登校を扱った作品も結構多かったりします。時代を反映しているのでしょうか)。すっ飛ばして読むにはむずかしい。というのはどこをすっ飛ばせばいいのかがわからない。結局、「幸子」に関係のない「庭師」さんの経歴が書かれたところをほとんど読まずにすっ飛ばしてしまったのですが、おそらく作者としては、そこのところを読んでほしかったのではないのかとも思いもし。こんなふうにして小説を読むことって滅多にないから、小説の書き方のところまで考える読み方までしてしまいました。
剣道少女の物語。2人の少女が交互に自分の剣道生活について語っていくのだけれど、剣道に対する思い入れが半端じゃないところがうらやましい。こんなふうに一つのことに夢中になれるのは10代〜20代までだなあと、半世紀生きてしまった今は思えるのだけれど、自分の10代〜20代は「夢中」という言葉からほど遠いところで生きていたから、それだけ人生というものを見くびっていたということなのだけれど(で、今になって苦労している)。
数年前に大ヒットした「バッテリー」の作者の作品。アルコール依存症の父親を持つ大阪から来た転校生との出会いによって、陸上部で走るということに違和感を抱いている少女の気持ちが緩んでいく。この作品もやっぱりあっさりしているのだけれど、心の絡み方が結構深いところにあるかなという気がします。

























