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こころにごはん ghome.exblog.jp

心のごはんは、どんな味?


by kakakai
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《青春18きっぷの旅》

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雨に煙る姫路城



3月いっぱいでフルタイムで働いていた職場を退職させていただき、4月からフリーの身になって、半月以上が経ちました。自分としてはそれなりの気概を持って退職したつもりですが、やはり時間が空いてしまうとぼんやりとしてしまうことも多く、ゆったりとした日々を過ごしています。

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岡山方面から尾道方面への鈍行列車 尾道駅近くにて



 ただただ、何をおいてもしたかった旅行。オーストラリアは断念して、青春18きっぷの旅に落ち着きました。我ながら驚きなのですが、ここ数年、少なくとも年一回は二泊三日以上の自分の旅を企画していたのに、去年は一度も旅をしなかったものだから、旅の日程を考えるのは、一昨年カラファテに行って以来。どういう行程なら無理なく行けるのかとあれこれと悩んでいるときに、こんぴら歌舞伎のチケット情報を告げるメールを目にし、販売状況を確認したところ、なんとなんと青春18きっぷが使える4月10日の午前の部のチケットが一枚だけ残っていたのでした。

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こんぴら歌舞伎の歴代ポスター 金丸座前にて




そこから逆算して、姫路城、尾道、倉敷、琴平をまわる3泊4日旅を最終決定したのが春分の日あたり。出発前夜3泊分の旅の準備をしながら、すっかりこういう旅支度という感覚を忘れていたことに改めて感じ入ったものでした。

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JR琴平駅改札口




 青春18きっぷは最大5回分使えるものだから、余った1回分をどうしようかと思っていたのですが、これから先の自分の行く末を見守っていただこうと、中国四国の旅の二日前に伊勢神宮参拝を決行しました。

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伊勢内宮のお庭に咲く桜



というわけで、伊勢と名古屋の往復、名古屋から姫路経由で岡山まで、岡山起点で尾道と倉敷散策、岡山起点で倉敷と琴平散策、琴平泊でこんぴら歌舞伎を見て、琴平から名古屋までと、きっぷを使い切りました。この旅で思いがけずにしみじみ日本を感じたのは「桜」でした。

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倉敷阿智神社 山門あたりから



川沿いの桜並木、学校や会社や公園に植えられた桜、山桜などなど、いたるところに桜が咲いているのが車窓から眺められます。桜の薄桃色というのは、春のこの時期以外には見ることができません。この時期でなければ、単なる「樹木」として見過ごしてしまう木々を「桜」と認識させるその桜の花のパワーには畏れさえ感じます。こういう「桜」の一念、あるいは春は桜を見ることこそ幸いだと感じる日本人の心根というのは新幹線とか飛行機とかでは決して味わえなかっただろうと思われます。

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姫路城天守閣から御城下を眺めて



姫路城の桜も、まったく期待していなかっただけに、出逢ったときの感動はひとしおでした。前日までは、天気予報を見ながら旅の初日の雨を幸先が悪いと思っていたのですが、雨だったからこそ訪れる人が少なかったという幸運に恵まれたと感じられる旅でした。

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JR琴平駅



 今時の青春18きっぷというのは、十九二十歳の若者世代ではなく、退職後の第二の青春世代がターゲットとなっているのだということを確信した旅でもありました。すでに春休みが終わった時期でもあり、本来の若者は学校に行かねばならないという足枷があるので、若者を見ることがないのは当然といえば当然とも言えますが、それにしてもお元気なのは、年を重ねた女性のみなさん。私もその中に含まれるのかもしれませんが。

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金丸座前 こんぴら歌舞伎垂れ幕



 伊勢神宮の帰りには、そこそこ年配の女性お二人といっしょになったのですが、3月にお友達と岡山に行って来て、きっぷが余ったから、岐阜の各務原を6時に出発して伊勢神宮にお参りしてきたとのこと。「母が八十を超してからは外に出るのもおっくうがって、いっしょにどこか行こうと誘ってもなかなか出たがらない」と私が言うと、小柄な女性のほうが「え、私、八十ですよ」とおっしゃる。携帯電話で孫とメールのやりとりをし、「パソコンも習ったんだけどねえ、私がやってると、孫が横から手を出してきて、こうすればいいってあっという間にやっちゃうもんで、なかなかおぼわらんの。その孫が、おばあちゃん、駅まで車で送ってって甘えてくるんだわねえ」と笑い、「頭は呆けとるけど、脚は丈夫だで、体が元気なうちに、せいぜい行けるところに行っとかんと」だそうな。「お伊勢さんはいいねえ。夏にもまた来ないかんねえ。あとはどこに行こうかねえ」とお隣と次の旅の相談をされる。

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倉敷 阿智神社前の酒屋さん



 岡山から尾道の電車でお隣に座られたのは、黒いリュックに薄紫のキャップ、薄手のウィンドブレーカーにジーンズ姿のこれまた70代といわれる女性。いつも18きっぷでの旅を楽しみにしていて、大阪の友に会いにいったこと、忠海の景色の明媚だったことなど、旅のできる幸せを生き生きと語られ、今回は残り一回分を尾道への往復に充てられたとのこと。以前は夜行を使って新潟まで行ったこともあるのだと、ミニ時刻表をリュックから取り出して、ほらこんなにして、最終時間をチェックしてメモして貼ってあるのよと見せてくださる。私よりもずっと若々しく、生気の漲るハリのある声と顔で、「友達がパソコンで調べてくれたけど、時刻表と違ってたのね。やっぱり時刻表でチェックしないと不安なのよ」とおっしゃる。

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尾道 志賀直哉旧居前の暗夜行路石碑



 私自身、一昔前までは時刻表で発着時刻を確認して、路線によってページを繰りながら、線を引いたりしてたなあと思いながら、今回、乗換時刻も駅もすべてスマートフォンで検索して旅程を決めていたものだから、時刻表チェック発言は心に響いたものでした。指先一つで簡単に乗り換え時間がわかってしまうのは便利だけど、この機械の表示をどこまで信頼してもいいものなのかと、彼女の言葉で思い知らされ、こうやって、人間は考える力を失っていくのだと改めて思ったことでした。

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尾道のお寺の桜 ここでアメリカ人男性と遭遇



 尾道では、日本に来る前には台湾にしばらく滞在していたというアメリカ人男性と道連れになる。二人連れの台湾人女性とも話をしていた彼は、台湾もよかったけれど、日本のほうがいい、英語教師でもしてしばらく滞在したいとこっそりと言われた。大したことを話したわけでもないのだけれど、相槌をうとうとすると「Yeah」ではなく、「Sí」が口をついて出て来るものだから、彼はそのたびに「何?」という表情で私を見た。

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尾道で出逢った人慣れしすぎていた猫さま



で、寺の石碑に第12代横綱の陣幕久五郎の手形があるのを説明しようとして、自分では「Sumo wrestler」と言っているつもりなのに、何度言いかえても彼には「sumo restaurant」と聞こえるようで、「レストランがどうかしたのか」と聞き返された。「レッストゥラー」的な発音をしたことで何とかわかってもらえたけれど、「手形」を目にしたところで日本人ならまず相撲取りを連想する(というのは私世代までだろうか)だろうに、そういう発想がないところに発音の難しさだけではなく、文化の違いに気づかされる。

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こんぴら歌舞伎はこんないい席で見られた



 つれあいのある旅は、それはそれで楽しいものだけれど、同行者との兼ね合いもあり、目がどうしても内側を向いてしまう。一人で旅すると、自分の心と向き合いつつも、思わぬところでふわっと外側からの風を受け、あるいはこちらから風を送ることがあったりする。今回みたいに、こんぴら歌舞伎の時間と帰りの電車くらいしか時間の制約がなくて、あとは行き当たりばったりで、どこに行こうが何をしようが風まかせというような旅だと、一人で自由気ままに動けることの醍醐味を存分に味わえる。

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こんぴらさんを10倍ズームで撮った



 というわけで、ラーメンと映画の舞台になった坂の多い町ということくらいしか知らなかった尾道で志賀直哉の旧居に遭遇して「暗夜行路」を読む気になったり、林芙美子の像を見つけたり(文学に疎すぎる不届き者の元国語教師)、行かなくてもいいと思っていた倉敷で児島虎次郎記念館を貸し切り状態で見られたりする僥倖もあり、岡山で2日続けて美酒に酔う夕食をとったあとは、こんぴらさんの参道にあるうどん屋のかけうどんで食事をすませたりと、一人気まま旅を満喫いたしました。

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最終日の3時過ぎ 琴平駅からこの電車に乗らないとこの日のうちにうちにたどり着けない


by kakakai | 2016-04-20 17:45 |